石碑の文字

お墓に刻む文字の書体には、楷書体、隷書体、行書体、草書体がありますが、永久に残るものですので、わかりやすい楷書体が使われる場合が多いようです。また、旧字が使われることもあります。
昔の単独墓の場合は、個々の戒名や本名を墓石の正面に刻んでいましたが、近年ではほとんどが合祀墓のため、和型墓碑なら「○○家之墓」、洋型墓碑な
ら「○○家」と家名を彫刻するのが一般的です。
隷書体
草書体
行書体
楷書体



お墓の形式、文字について特にこうでなければならないという規則は、基本的にないとされています。今までの多くは「○○家之墓」「○○家代々之墓」と刻んで いますが、故人あるいは、その家族の帰依している仏教宗派により、梵字、お題目等が異なります。やはり正面文字は、家の宗教に正しくかなった表現をした方がよいでしょう。


先祖墓の正面
各宗共通
真言宗
天台宗
日蓮宗
浄土宗
神道
真宗


五輪塔の文字

宗門の石塔に刻む梵字の相違
「五輪塔」供養塔とも言われ、お塔婆は五輪塔を表しています。仏塔の元祖であります。
五輪塔は各宗派に適合し、(キャ)空、(カ)風、(ラ)火、(バ)水、(ア)地、のうち代表ボン字或いは、四面ボン字を彫ります。
右膝、左膝、右手、左手、頭首(ともにうちを指す)また頂、面、胸、臍、膝に対して仏身を体得させるともいいます。つまり信仰のシンボルであります。


真言宗 大日如来の

「ア」
弘法大師空海が中国で真言密教を学び日本に帰国後、真言宗を開きました。大日如来が直接説いた教えで手に印を結び、口に真言を唱え、心を静めて三昧の境地に入ることによって即身成仏できると言う教えです「南無大師遍照金剛」と唱えます。焼香は通常三回、額にいただいて焼香します。

真言宗を開きました。「墓石」は、戒名の上にも梵字の「ア」字(大日如来を表す文字)をつけます。
天台宗 阿弥陀如来

「キリーク」
または「ア」
「戒名」は、院号・道号・戒名・位 号の基本からなり、天台宗の特徴を示す特別なものはありません。
浄土宗 阿弥陀仏の

「キリーク」

法然が民衆の仏教も道を探り、源信の「往生要集」に影響を受け、そこに引用されていた「観経疏」の中の「散善義」の文に出会い、専修念仏の浄土宗を開きました。「南無阿弥陀仏」と唱えます。

焼香は、特に定めがないが「真心をこめて一心に」で一回、「身を静めて一回、心を静めるのに一回」で二回、「仏・法・僧への帰依」「過去・現在・未来の衆生に回向」で三回など。額にいただいて焼香します。

「戒名」は特に在俗戒名に「誉」字をつけます。「墓石」は、戒名の上に「キリーク(阿弥陀如来を表す梵字)」をつけたり、戒名の代わりに「南無阿弥陀仏」と彫ることもあります。
浄土真宗 阿弥陀仏の

「キリーク」

親鸞が比叡山で学んだ後、法然の弟子となり法然の説く浄土門の念仏の教えこそ真実の教えと説きました。15世紀に蓮如が現れ、布教を展開、本願寺を大教団とする基礎を築くと共に多くの手紙(御文)を残しました。

大きく分けて2つ、浄土真宗本願寺派(門徒のお西)真宗大谷派(門徒のお東)があります。「南無阿弥陀仏」と唱えます。焼香は額にいただかずに、本願寺派では一回大谷派では二回とされています。線香を用いる場合には、本数を気にせず、立てないで横にする。


浄土真宗には授戒がないので「戒名」と言わず「法名」と言います。法名の前に男性は「釈」字を、女性は「釈尼」字をつけます。浄土真宗では、院号・道号・位 号はありません。位牌もありません。また死後の霊魂を認めませんので、追善供養や卒塔婆はなく、お盆などの習慣も他宗と異なった解釈をします。「墓石」には、「南無阿弥陀仏」「倶所一処」と彫ることが多く、梵字も使いません。
曹洞宗 迦牟尼佛の

「ハク」
または「キャ」

曹洞宗とは、道元が比叡山で学び栄西の下で参禅した後、宋に渡り中国禅宗五家の1つ曹洞禅の法を継承して日本に帰国後、曹洞宗を開きました。

曹洞宗は、坐禅を通して真実の自己・仏性に目覚め、懺悔・菩薩心の働きによる菩薩行により他者に働きかけ活かすことを教義とし、臨済宗と異なり公案は用いず、「只管打座」、つまりあくまで坐禅による実証を本旨としています。南無釈迦牟尼佛と唱えます。

焼香は、額にいただいて回数には、こだわりません。
臨済宗
釈迦牟尼佛の

「ハク」
または「キャ」
臨済宗とは、栄西が中国の禅宗五家の1つ臨済義玄を宗祖とする臨済宗を宋から伝え日本臨済宗の開祖となりました。

何ものにもとらわれない境地に真の人間性・仏性があるとし、坐禅を通して真実の自己・仏性に目覚め、釈尊の悟りの内実を直接体験、自覚する事を目的としています。臨済宗では「公案」と言い修行に基ずいて与えられる課題を考えることが坐禅の内容となっています。
日蓮宗 妙法または南無妙法蓮華経
日蓮が、比叡山で学んだ後、釈尊の教えの究極が、「法華経」にあるという信念に達し、1253年千葉の清澄寺で「南無妙法蓮華経」と高唱したのが日蓮宗の始まりと言れます。「南無妙法蓮華経」と唱えます

焼香は通常三回、額にいただいて焼香します。


「戒名」と言わず「法号」と言います。女性には「妙」字をつけるのが特徴です。
「墓石」には、独自のヒゲ文字で「妙法蓮華経」の文字を書くことが多く、特にこうした文字をヒゲ題目と呼んでいます。
神社神道 家紋
神社をしばしば「氏神」と言うことがありますが、神社は必ずしもある家に特有の神を祀っていたわけではありません。近世以降は地域を守護する鎮守の神、産土の神を意味し、地域共同体と密接な結びつきがありました。

神社神道の宗教団体で最大のものは、大日本神祇会、皇典講究所、神宮奉斎会が中心になって結成された神社本庁です。約8万の神社のうち99.6%が神社本庁に加盟しています。
創価学会   
牧口常三郎と戸田城聖が1930年に設立した、在家信者団体が母体。自らの教育理論の確立のため日蓮正宗の信仰を採り入れ、次第に信仰中心の団体となりました。

五輪塔の形は、下から、方形・円形・三角形・半月形・団形を積み
重ねた物で地を表し、円形は水滴は表面張力で球になり、火の燃
え盛った姿は下が大きく、上が小三角錐の形に、風の吹く姿を半月形
に、団形は大空をあらわしています。